石橋行受 『立正安国』 を求めて


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9/11巡る変死体
2007/02/17 11:50

この度、あるニュースを目にしました。

以下、引用します。

ニューヨーク(NY)の9/11の真実を追求するグループのメンバーで23歳のダン・ワラスが、月曜の早朝(22日ではないかと思うが、確認要)、ベッドで死んでいるのを発見されました。

彼の父親ロバート・ワラスは、2001年9月11日に亡くなった消防士でした。父を殺した真犯人を追って、ダンはとても精力的に動き回っていたそうです。

私がこの知らせをみつけた911ブロガーのウェブ・ページに、彼の仲間で友人のルークが書いた文章とダンの写真が転載されています。
http://www.911blogger.com/node/5861http://i81.photobucket.com/albums/j228/revolutionchl/2-7.jpg
ルークのサイトはこちら↓
http://myspace.com/peoplesv

父親に似ていて、まだどこかあどけなさが残っている若者です。
http://i81.photobucket.com/albums/j228/revolutionchl/2-7.jpg

9/11トゥルサー(真実を追求する者)のダンは、去年12月にセント・マークス教会で開かれた集会のスピーチの締めくくりに、教会前で誰かに「5年も前の話をするのはやめろよ!」と言われたことに応えて

「僕は絶対に5年前の話をするのをやめない。
決してやめない。
僕が死ぬまでやめないぞ!」 と語ったそうです。

それで殺されたのではないかと私は思います。
というのは......

彼は最近映画(ビデオ)を一本作り、それを仲間に送付するところだったそうなのですが、ルークのサイトに一部(12分強)載せられているその作品はどうやら「CFR(カウンシル・オヴ・フォーリン・リレーションズ)が9/11の真犯人だ」という内容らしいのです。

このCFRについては、数年前にある人物から私も忠告を受けていました。「そのサイトを見るときは絶対に自宅のコンピューターを使ってはいけない。町の図書館のもダメだ。大きな街に出て、普段絶対行かないようなネット・カフェなどで手短にやりなさい。またその名称をメールに書いたりしてはダメだ」(今やっちゃったが)、と。

そういう連中(“サイトも見ずに決め付け”ですが、メンバーはビルダーバーグと重なっているのではないかと推察)に真っ向から立ち向かってカメラを回していた(と思う)ダンは、しっかりその報復をされたのだろうと私は思います。

この知らせを伝えた処、上述の友人は「ブラック・オペだ」と返事を書いてきました。

警察、検死官等の発表待ちのようですが、真の死因がまともに発表されると思う方がおかしい、とも思っています。また、残りの
NY911Truthのメンバーについても心配しています。

以上引用、終了。

はたして、いかなる事なのでありましょう。
はたして、今のこの時代、本当に何が引き起こされているという事なのでありましょう。

そうして、今日の飽く事なくその様な事を繰り返している、こんな事々を久松さんは彼のブログ ( http://blog.livedoor.jp/hsmt55/ ) の中で,それは『 西欧文明の自殺行為のように見えてくる 』 と述べておられます。

そして、その記事の中に述べられていた、セント・マークス教会では、ニューヨーク市民が毎週日曜日の夕方より、911事件を究明する為の集会を開いている、NYでの、そんな大切なる”拠点”ともなっておりました。
そうして少子も何回となく、その教会での集会に参加もして来たりしましたが、ついにこの様なる事件へと至りゆる、そんな時なる時代へと突入して来てしまっているのでありましょう。

そうしてそれは昨年の、5周年目にあたるグラウンドゼロでは、恐らくは100人以上の人々が結集し、やはり写真のダン・ワラスも着ていた、この911を究明しようと訴える黒シャツを着た人々と共に行進をしたりもして参りました。

そうして、今一度、今日のこの地球で成されている事とは、久松さんの言われる、『 西欧文明の自殺行為のように見えてくる 』 との言葉を噛みしめてみたく思うのです。

そうして、ダンが叫びし 「僕は絶対に5年前の話をするのをやめない。決してやめない。僕が死ぬまでやめないぞ!」 と叫しその言葉とは、その事件によって父を失い、そうして9/11を巡る真実を知るに従って、それはアメリカ人であり、また 『 人間 』としての、尊厳をもかけた、こころの叫びであったのではないでしょうか。

そうしてそんな心の姿とは、イラクやパレスティナで成されている事への、”存在そのもの”さへをも呈した『 ジハード 』への思いへと繋がり行く姿なのではないでしょうか。

あるいは一転し、今日の日本の国民の意識たるものは、どこまでの思いの中に、その様な『 思い 』というものすらを共有する事が出来ているのでありましょう。

そうして、今の日本国民の意識というものは、その様な緊張感や危機的意識に触れ行かないならば、それはあくまでも浸食されるがままに許し行く、あの郵政民政化法案始め、国そのものが米国の属国となり行く道を許し行くのでありましょう。

あるいは久松さんの言われる、私達のこんな時代とは、これまでの幾多の人間達の犠牲の上に立ち上げて来た、そんな価値体系や制度というものの悉くを、あまりにもの無知なる悲惨の成するがままに、いとも簡単に破壊して行くことのみが、自分たちだけが勝ち残り、生き残りしてゆく為の方策であるとばかりの、そんな自殺行為の只中にいるというのでありましょう。

そうしてそんな道へ至るるは、それはついには本当に人類の尊厳価値たるを忘れたままに、そうして自殺行為たる姿のままに 『 人類 』そのものへの存続すらも問われゆく『 自然淘汰 』なるへの洗礼を受けねばならなくなってしまう事態さへへと至るるのでもありましょうか。

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